正面玄関での事故

ケーススタディ 正面玄関での事故


ある日のこと、ドアマンが車寄せ玄関にいない間に、
玄関内でゲストの車同士の接触事故が発生してしまった。


このホテルの車寄せ玄関は狭いうえに車の出入りが多く、
ドアマンも日頃から事故が起きないように細心の注意を払っていた。

しかし、ほかのゲストのアテンドをしていて、
ちょっと目を離した隙に事故が起きてしまったのだ。


事故を起こしたゲストの一人が、


「こんなに複雑で危なっかしい造りをしているホテルにも責任があるだろう?
 ドアマンは何をしていたんだ?」と言い始めた。


ホテルの敷地内で起きた事故に、ホテル側の責任はあるのだろうか。



ドアマンに責任はない?

ちょっと目を離した隙に・・・とのことです。
ドアマンも大変だと思います。


日頃から事故が起きないように細心の注意を払っていたとのことですから、
さぞかし責任を感じられていることでしょう。


しかし、ホテルの正面玄関で起きた事故であっても、
事故を起こした方がホテルの関係者でなければ、基本的には
ホテル側に法律上の損害賠償責任は発生しません。


あくまでドアマンは、自動車でホテルにいらっしゃるお客さまのために、
ホテルの入り口での交通整理を行なっているのであり、事故が起きない
ことを保証しているわけではないからです。


もちろんお客さまに、もしものことがあってはいけません。
快適な時間を求めてホテルにいらっしゃるのがお客さまです。
ホテルに入るまえに乗っていた自動車が接触事故にあえば、
がっくりと気分が沈んでしまうでしょう。



責任を負うのはだれか?

ホテルの車寄せ玄関で起きた事故だとしても、原則として責任を負うのは
事故を起こした人です。場所がホテルの中であったとしても、通常の交通
事故のケースと同じです。その事故が起きた原因が、どの運転手にあるの
かという問題になります。


わざと事故を起こす人は、ふつうはいないでしょうから、だれに過失が
あったかが問題になります。


自動車同士の接触事故であれば、前方の自動車の運転手のミスだったのか、
後方の自動車の運転手のミスだったのかです。


事故を起こすミスをした運転手が、損害賠償責任を負うことになります。



契約がない場合は、不法行為責任

ここでミスをした運転手が損害賠償責任を負う根拠はなんだと思いますか?
それは「不法行為責任」と呼ばれるものです。


不法行為責任」というのは、故意または過失ある行為によって、
他人に損害を与えてしまった人が負う損害賠償責任のことです。


不法行為責任」は、前回解説した「債務不履行責任」と違って、
契約関係がない場合に問題になる損害賠償責任です。
今回のような交通事故が典型です。


交通事故は赤の他人同士で起きるもので、契約関係などないのが通常だからです。



事故の損害賠償責任とは?

自動車の運転を誤って事故を起こした運転手は、この「不法行為責任」を負います。
具体的には被害者の方にケガがあれば、治療費や通院費、慰謝料などを支払う必要があります。


また、物損の場合には、その修理費用や車を使えないことによって生じた損害が
あればそれについても責任を負います。


こうした交通事故による損害賠償は、自動車保険によってまかなわれるものが多いです。
しかしそれは保険契約を締結していることによって、保険会社から支給される保険金に過ぎません。


あくまで直接被害者に損害賠償責任を負うのは事故を起こした運転手になります
(タクシーの場合など会社の業務として運転していた場合には、会社も使用者としての
 損害賠償責任を負います。これを「使用者責任」といいます)。



複数の人に原因がある場合は?

これまでの話は、事故を起こした原因が1人の運転手にある場合が前提でした。
しかし事故は複合的なミスが重なり起きることも多いです。


1人の運転手のミスだけでなく、複数の人のミスが重なって事故が起きるという場合もあります。


その場合には、ミスを起こした人が全員責任を負うことになります。
これを「共同不法行為」といいます。複数の人がミスをして他人に損害を与える
行為をしてしまったときに、連帯して損害を賠償する責任のことです。


ただし、ミスの度合いによって、共同不法行為者の間では責任を負う範囲(限度)
が決まります。これは「過失割合」と呼ばれています。



ドアマンにはミスはないか?

例えば、事故を起こした直接の原因は自動車の運転手Aさんのハンドルミスに
あった場合でも、ドアマンが目を離したことも、その事故の原因になっている場合には、
共同不法行為として損害賠償責任を負うこともあり得ます。


ホテルの正面玄関の造りが特殊で、ドアマンの交通整理がないと非常に
事故が置きやすいような環境になっていたという場合などです。


それを認識しながら、うっかり目を離してしまったという場合には、
ドアマンのミスも事故の原因の一つと言えるでしょう。
こうした場合には、ミスをした運転手だけでなく、ドアマンも損害賠償責任を
負うことになります。


もっとも、こうした特殊な環境・状況でなければ、最初にお話したように、
事故を起こした運転手が損害賠償責任を負います。



ホテルの対応はどうすべきか?

ホテルのドアマンに事故の原因があると言える場合には、
当然ながら法律上もホテルが責任を負うことになります。


ホテルが損害賠償責任を負うのは、タクシーの場合と同じで、
ドアマンという従業員のミスについて、使用者としての責任を
負うことになるからです(使用者責任)。


では、ホテルに法律上の責任がない場合はどうでしょう?
ホテルのドアマンがうっかり目を離したことはもちろん業務としてはミスです。
したがって、法律上の責任があるかどうかにかかわらず、何らかの
対応をした方がいいケースもあります。


運転手の運転ミスによって事故が起きた場合でも、ドアマンがきちんと
見ていれば事故は防げたと言えるような場合には、ホテル側としても
ドアマンのミスについて責任を負うのが筋でしょう。



事故の原因が判然としない場合

これまでのお話はあくまでもだれに事故の原因があったのかが特定できる場合でした。
しかしホテルの車寄せ玄関での事故ということは、猛スピードを出し重篤な人身事故が
起きたというケースではないと考えられます(もしそうであれば、明らかにその自動車
の運転手のミスであってホテルの責任ではないでしょう)。


そうすると、人身事故ではなく物損が多いでしょうし、人身でも大きなケガはないと考えられます。
こうした状況では事故の原因が判然としないことも多いと思います。


だれがどこまでいけなかったのか分からないケースです。
ホテルのドアマンがうっかり目を離したことで、防げる事故を防げなかったと認識
しているのであれば、きちんとした対応をすることです。法律問題というのは裁判に
なったときの想定です。まずは誠実な対応をすることです。


【プロフィール】
Hirotsugu Kiyama
弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。横浜生まれ。上智大学法学部卒。
専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり
(著書に『税務訴訟の法律実務』)。
専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。
『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を
次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。
ブログ:http://torikaiblog3.cocolog-nifty.com/