ケーススタデイ(24) 一般的にお客さまとの関係(対ゲスト) において気をつけるべき「法律の視点」

これまで24回にわたって、本誌での連載を続けてきた「ホテルの法律Q&A」。
さまざまなお客さまとのトラブルがあり、それぞれの事例ごとにどのような点が
法律的に問題になるのか、どのように対応をすれば法律上問題がないのか
といったことを解説してきました。
今回はこれまでの総まとめとして、一般的にお客さまとの関係(対ゲスト)
において気をつけるべき「法律の視点」をお話ししたいと思います。




事実を把握する


お客さまとの間でトラブルが発生した場合に、
まずすべきことは事実を把握することです。
事実は真実レベルまで知ることが望ましいですが、
すべてのシーンについてビデオテープがまわっているわけではない以上、
把握できる事実は断片でしかありません。
お客さまが訴えている事実にまず耳を傾けます。
お客さまのご気分を害す対応はいけませんが、
かといってお客さまのお話がすべて事実かどうかは分かりません。
対応していた従業員・スタッフの一人一人から事情を聞くことも重要です。


客観的な資料をチェックする


事実を把握する方法をこのようにお話しすると、
人の話を聞くことだと思われるかもしれません。
もちろん関係者の声に耳を傾け、ヒアリングをすることは重要です。
その中で食い違いがある部分とそうでない部分がでてきます。
食い違いがない部分を見つけることができれば、
その部分については少なくとも争いがない事実として確定することができます。
しかし食い違いがある部分については、
実際にどのような事実が起きたのかを把握するためには、
ヒアリングだけでは限界があります。
そこでチェックすべきは客観的な資料です。



主観をはさまず記録された資料


客観的な資料とは何でしょうか。
それは主観をはさまずに淡々と事実が記録された資料のことです。
ホテルや宴会・レストランの御利用であれば申込書や予約確認書などがあるはずです。
インターネットでの申し込みでも、電話等での書取りメモでも
そこには主観をはさまずに記録された予約内容の記載があります。
契約書があればそれも一つの客観資料です。
レシートや宿泊の明細書なども主観をはさまずに
利用されたサービスの内容と利用代金・その内訳と合計が記録されています。
こうした客観資料と照合することで、ヒアリングした内容から分かる事実を確定させます。



どちらに非があるかの分析


こうしておよその事実を確定させることができたら、
次にすべきことはどちらに非があるかの分析です。
ホテル・飲食店側とお客さま側どちらに責任があるのか、
法律上の責任の所在です。
ホテル・飲食店などのサービス業では、とにかくクレーム的なものでも
すべてホテルが悪いかのように対応してしまいがちです。
しかし実際にどういう対応をするかどうかはともかく、
客観的にどちらに法的な責任があるのかを分析することは重要です。
なぜならそれによって、対応に骨ができるからです。



対応の仕方に差がでる?


ホテルは法律上、責任は負わないけれどもあえてお客さまのためにサービスしているのですよ、
という認識で対応できる場合と、どちらが悪いのか分からないけどとにかく謝らなければ
と思って対応するのとではぜんぜん違います。
さらにお客さまが強気にとんでもないことを要求されたときに、
その対応に大きな差がでるでしょう。
実際に行なう対応の根拠(理由)を明確にスタッフが認識できているかどうかが
対応の骨をつくります。
そしてさらなら要求を受けた場合にスムーズな対応ができるようになります。
一線を超えたなとスタッフが現場で瞬時に判断できれば
必要以上につけこまれることもなくなるでしょう。



予防策・対応策


しかしそもそもトラブルになるシーンに多かったのは、
お客さまに対する説明が不足していたというケースです。
説明の不足はどこまでがホテルの責任かというと、
ケース・バイ・ケースであり、その判断も難しくなります。
しかし説明が十分に足りていれば、説明が不足したことで
どれだけホテルに責任があるか、ということを検証する必要もなくなります。
つまり、事前の説明については十分過ぎるほどしておくに越したことはないのです。
こうしてトラブルの予防にあたってはお客さまへの十分な説明を尽くすことが
極めて重要になってきます。



説明の方法は?


ではどうやって説明をすればよいでしょうか。
口頭で詳細に説明をすればよいと考えるかもしれません。
たしかにお客さまからすれば、ホテルに宿泊するにあたり、
これからホテルで起きるであろうことすべてについて、
スタッフから詳細な説明を受ければていねいかもしれません。
しかし現実的にすべてのことを口頭で説明し尽くすというのは困難です。
そればかりか安らぐためにホテルを利用されたお客さまとしても、
説明ばかり聞かされては時間をとられ迷惑にすらなります。
また、口頭の説明は録音しておかない限り証拠にならないというデメリットもあります。



書面の説明は証拠になる?


こうして宿泊約款などの書面が登場することになります。
ホテルに宿泊約款があり、細かい取り決めが記されているのは、こうした観点からです。
すべて口頭で説明し尽くすことは現実的に難しく、
かつお客さまの貴重なお時間をおとりしてしまう。
そこで読める時間に読んでおいてくださいね、という趣旨でいつでも閲覧できるように
部屋などに置かれているのが宿泊約款なのです。
実際にこれを熟読するお客さまはほとんどいないでしょうが
(職業柄もあり、わたしは出張先のホテルで読んでしまうことがありますが)、
大事なことはあとで証拠として使えるという点です。
その他のやりとりや予約の申し込みなども文書(書面)、
あるいはデータで残る形で保存しておくことです。
それが後々もめたときには証拠になります。



解決の方法は?


トラブルは多くの場合はそれを真摯(しんし)に受け止めることで、
お客さまの気も済むというものが多いと思います。
逆にこれができなかったがために、こじれてしまうことがあるでしょう。
解説では法的な観点からいろいろ指摘をしています。
しかしホテルのスタッフは弁護士でもなければ裁判官でもありません。
起きてしまったトラブルをさらに拡大させ裁判沙汰にするか、
その場で収められるかは、どれだけ真摯(しんし)にお客さまのご要望に耳を傾け、
ホテルとしてできる対応を誠実に行なったかにかかっています。
法律論の前に感情論があり、現実のトラブルは後者が圧倒的に多いです。 
そして法律論にならざるを得ないときは専門家に相談するのが
実は最も的確な解決方法です。

ケーススタデイ⑲ 「サービス料」

レストランのお会計時に、レシートを見たゲストが文句を言ってきた。

「サービス料というのは何だ? そんな良いサービスは受けていない」

とのこと。


メニューには別途サービス料10%がかかる旨が書かれており、それを説明したが

「そんな小さな字じゃ分からない! 何より、こんなサービスで10%もとるなんて信じられん」

と支払う気はゼロ。


何か不手際でもあったのかと思ったが、
特にサービス中にクレームをもらったわけでもない。


おまけにこのゲストがあまりに大声で騒ぎたてるものだから、
レストラン中の注目が集まっており、ほかのゲストの手前ここで

「ではサービス料は要りません」

なんて返事をしたら問題になりそうだ。



さあ、どうする?!





サービス料に対するクレーム


サービス料は飲食代金とは別に加算されるため、
ご不満に思われるお客さまがでてくることもあると思います。


一般的にお客さまがサービス料を不満に思われる理由は何でしょうか。おそらく次の点からです。


① サービス料がかかるなんて知らなかった。
② サービス料が高いのではないか(サービスの内容にみあっていないのではないか)。
③ チップだとすれば、いくら出すかは自分たちが決めるものではないか。




今回のお客さまの場合は…?


今回のお客さまのご不満な点は、

「サービス料というのは何だ? そんな良いサービスは受けていない」

という点と、

「そんな小さな字じゃ分からない!何より、こんなサービスで10%もとるなんて信じられん」

という点です。


自分たちでサービス料を決めるべきとはおっしゃっていませんが、
だいたい①から③と重なるようなご不満だといってよさそうです。


サービス料は、日本ではホテルのレストランなどではいただくお店が多いです。

ただ、日ごろホテルや高級飲食店を利用されることが少ない一般の方には、
高いという印象があるかもしれません。



サービス料の意味は?


サービス料が日本のホテルのレストランなどにあるのは、
チップの習慣がない日本でサービスの対価をいただくために
始まったものだといわれています。


日本では欧米諸国と異なり、もともとチップを払うという習慣がありません。

そればかりか、ホテルや高級飲食店以外のレストランや飲食店では、
サービス料も発生しないのが一般です。


ふだんは飲食をしてもサービス料など払わないでいいのに、
なぜホテルのレストランではサービス料がかかるのかと思われてしまうことは、
いたしかたないかもしれません。



最近では…


チップを払う習慣がない日本と言いましたが、
最近ではファストフードなどを中心にセルフサービスの飲食店が増えてきました。

ファミレスのドリンクバーなども一般化し、
チェーン店の喫茶店などでも返却や片づけをお客さまがする飲食店が多くなっています。


こういうお店に慣れたいまの方たち(少なくとも若い世代)は、
丁寧に接客をしてくれるホテルのレストランやラウンジなどにいらっしゃるときには、
そうしたサービスの心地よさを楽しむ方も多いと思います。

そういう意味では、ホテルはサービス料がかかるものという認識は
いまではかなり一般に普及していると言えるでしょう。



問題なのは…?


問題なのは、サービスに不手際があった場合です。

あるいはサービスというほどのサービスを受けなかった場合です。


もちろんホテルレストランとしては、こうしたことがないよう
細心の注意を払ってお客さまをおもてなしする必要があります。

とはいえ現実問題としては、粗相をしてしまうこともゼロではないでしょうし、
少なくともお客さまからみて何もサービスを受けていない
(あるいは大したサービスを受けていない)
という場合もでてくることもあると思います。


こういう場合にサービス料をどうするかです。



メニューに表示がある場合は?


サービス料をいただくのに、サービス料をメニューなどに
明記していないホテルレストランはさすがに少ないと思います。

明記していない場合(かつお客さまにあらかじめお伝えしていない場合)には、
お客さまが知り得ない以上、それを強制することは問題があります。

しかしメニューなどに明記されている場合は、
お客さまにあらかじめお伝えしていることになりますから、
それを前提にトータルの飲食代金をいただくことは問題ありません。



サービス料の適法性


問題ないというのはサービスの料や質を問わずということです。

なぜなら飲食代金の10%という価格設定になっており、
具体的に何かのサービスをすることを前提とした料金ではないからです。 


例えば、「サービスの内容は××です」「××1回につき○○円のサービス料がかかります」
という値決めであれば、実際に「××」をしていなかったのであれば、
そのサービス料はいただけません。

800円のアイスコーヒーをお客さまにお出ししていないのに、
アイスコーヒー代として800円をいただくことはできないのと同じです。



サービスがない場合でもよい?


サービス料は、本来的にはチップの代替でした。

つまり、接客サービスの対価ですが、具体的なサービス内容の対価ではありません。


したがって、スタッフがご注文をうかがいにお客さまのもとに行き、
ご注文をいただき、ご注文いただいたお品をお客さまのテーブルまで運びお持ちするなど、
基本的な給仕行為がなされている限り、その満足や不満足によって代金が変わるものではありません。


そのことをメニューに明記しているのです。

「飲食代金の10%を一律サービス料としていただきます」

といった具合です。


今回のお客さまについても、メニューにサービス料が10%発生することが明記され、
基本的な給仕行為はされているようですから、お客さまのご主張は通用しないのが原則になります。



10%は高い?


10%という価格設定はどうでしょうか。

民間人同士では「契約自由の原則」があると、これまで何度か解説をしてきました。


お店のメニューに表示された飲食代金は、どのお店でも異なりますが、
その価格を払わない人は基本的にいないと思います。


これはメニューの表示をみて、お客さまご自身がその価格でその品を出してもらうこと
を前提に注文をするからです。

これによって、例えば1000円で、シーフードピラフを食べる
という飲食契約が成立しています。


契約自由ですから、基本的にはどのような額であっても有効です。

10%というサービス料は多くの日本のホテルレストランで採用している価格で、
不当に高いということはありません
(もしいわゆるぼったくりに近いような不当に高いサービス料であれば、
公序良俗違反になる可能性はありますが、そういうケースではありません)。



どうしたらよいか?


このように10%のサービス料は飲食契約の内容にあたり、
お客さまにはお支払いいただく義務が発生しています。

法律的には当然に請求できる金額となります。

ほかのお客さまと不平等な扱いをすることは信用の問題にもなりますので、
きちんとご説明しご納得いただくことに注力しお支払いいただくのがよいでしょう。

やむを得ない事情での結婚式2カ月前キャンセル。キャンセル料180万円の請求は妥当か?

披露宴を成約していたカップルが、2カ月後に開催が迫ったある日、
キャンセルを申し出てきた。

話を聞くと、急きょ新郎の祖母が体調を崩したため、
祖母の家の近くの式場に変更をしたということだ。

ホテル側は、成約時に説明したキャンセル料70%にあたる180万円を請求。


しかし、新郎新婦からは理由が理由であるだけに、
7割の請求は非道だとクレーム。

そもそも70%の違約金というのは高すぎないかと言い始めた。


ほかの式場を見ても同じような金額を違約金に設定しているようだが、
どう対応すればいいのだろうか。





問題点は二つある?

180万円という金額は会社からすると
それほど大きなものではありません。


しかし、実際に請求をされるお客さまは個人です。
披露宴を開催しないことになったホテルから
180万円の請求をされたお客さまの立場からすると、
法外なキャンセル料ではないかと感じられることでしょう。


今回の相談事例の一つ目の問題は、
2カ月前にキャンセルをしているのに
180万円を請求するのは非常識ではないか
という点です。
キャンセル料である180万円の当否と言ってもよいでしょう。



二つ目の問題は…?

もう一つの問題は、キャンセルの理由です。
急きょ新郎の祖母が体調を崩したため、
祖母の家の近くの式場に変更をしたようです。
お客さまからすれば、やむを得ない式場の変更と言えそうです。


ホテルからすればキャンセルが発生したことになります。
ただしドタキャンではなく、開催日の2カ月前。
やむを得ない事情があり2カ月も前にキャンセルを申し出たのに、
180万円もキャンセル料を請求することは不当ではないか、
これが二つ目の問題です。



契約自由の原則

民法には大原則があります。
当事者間で締結した契約は、原則として尊重されるというルールです。
「私的自治の尊重」といいます。

人と人との関係(いわゆる民民の関係)では、
当事者同士で話し合って契約をしたのであれば、
裁判所もその契約内容を尊重しましょうという原則です。
具体的には「契約締結の自由」と呼ばれ、
その内容として「契約内容の自由」という原則があります。



契約自由の原則からすると…

今回の相談事例では、
開催から2カ月前の時点でキャンセルがあった場合には、
70%相当額を違約金としてお客さまに支払っていただく
という内容だったようです。
180万円という金額は一般の感覚からすれば、
たしかに高いと思います。


しかし、あくまで当事者間であらかじめ締結した
契約の内容どおりです。


ホテルもお客さまも民間同士ですから、
契約内容は自由に決められるのが原則です。
そうすると、契約どおり180万円をお支払いいただくべき
だと言えそうです。



契約締結自由の原則の例外?

最も、契約は自由だと言っても、例外もあります。
極端な例になりますが、例えばAさんを殺したら
1000万円支払うという契約をした人がいたとします。
これも契約ですが、実際にAさんを殺したからといって、
契約どおり1000万円支払えと裁判所が判決で言うでしょうか。


言うはずがありませんよね。
法律的に説明すると、こうなります。


契約内容は当事者で自由に決められるのが原則だけれども、
例外的に公序良俗に違反する場合には無効になると。
民法が、公の秩序や善良の風俗に反する契約は
無効になることを定めているからです。



クリーンハンズの原則

殺人契約をした場合は、
公序良俗に違反することが明らかですから、
契約は無効になります。
クリーンハンズの原則といいます。
裁判所は汚れた手をした者には、
手を貸さないということです。
殺人契約をして殺人を実際にした人に
1000万円を獲得させるような判決を裁判所が書くとすれば、
悪に裁判所が加担することになってしまいます。
それを封じたのが、この原則です。



180万円の違約金は?

さて、では開催日の2カ月前にキャンセルした場合には
70%相当額の違約金が発生するとした今回の契約はどうでしょうか。


殺人契約ではありません。


契約をしていたのに後からキャンセルをされると
ホテルとしても損失が発生します。
準備のために使っていた費用を回収できなくなるからです。
また会場をおさえていたのにこれが使用できなくなれば、
機会損失になります。
こうした損害が発生しないよう、
キャンセルの場合には違約金をとるのですから、
契約そのものが公序良俗違反とは言えないでしょう。



問題なのは金額?

問題なのは金額です。
お客さまとしても、後から自分たちの事情でキャンセルをした以上、
なんらかの違約金を払うべきことは納得されるはずです。
しかし2カ月も前にキャンセルしたのに、
180万円も支払うというのはどうなのか、
それが納得のいかない部分だと思います。
ホテルの立場からすれば、キャンセルは困るよ、
キャンセルしたときは違約金だよ、
というのは当然の論理でしょう。
実際に多くのホテルがそのような契約条項にしている以上、
皆同じだ、常識だよと思われているかもしれません。



実際の損害額は?

しかしほんとうにそう言えるでしょうか。
例えば3日前に突然キャンセルがあったため、
ホテルとしてはその会場を当日まわすことができなかったとしましょう。
この場合、ホテルとしてはその日に会場を使えれば
得られたはずの売り上げをロスしたことになります。
法律的には逸失利益といいます。
得べかりし利益ともいいます。
これがホテルの損害になることは分かります。
それまでにホテルが人員を使って割いた労働や、
支出していた費用について補填してもらう必要もあるでしょう。
その結果、さまざまな諸費用を計算すると、
180万円くらいになる、というのであれば
お客さまも仕方ないと思われるはずです。
実際にホテルに迷惑をかけ、それだけの実損を与えたとしたら、
その責任はお客さまが負担するのが筋だと言えるからです。



今回のケースの場合は…?

今回の場合は、キャンセルをしたのは2カ月前です。
予定の会場はほかの方法により利益を得る方法がまだ可能かもしれません。
2カ月の猶予があれば挽回できるチャンスはありそうです。
お客さまも、事情が発生してすぐに報告をされています。
ドタキャンではありません。
それでも180万円払わなければなりませんか。
お客さまが裁判で争った場合、
果たしてどのような結論になるでしょうか。
もちろんキャンセル料がゼロになることはないでしょう。
しかしホテルはその金額が合理的であることの立証が
必要になるかもしれません。


すべりどめで受験して実際に入学しない大学の入学金が、
消費者契約法に違反するとして大学に返金を命じた裁判もあります。
違約金の本当の意味は安易なキャンセルをさせないことにあるはずです。
訴訟リスクを考えると、運用は状況に応じて考える
という方法もあるかもしれません。


なお、二つ目の問題は、あくまでお客さまの主観的な事情。
ビジネスですから、重要なのは180万円という違約金の合理性です。
ただ、任意に考慮してあげるかどうかを検討されてもよいでしょう。

大雪でパーティー装花が間に合わなかったら?

大手保険会社の社員500人を招いた
インセンティブパーティーを宴会場で受注。

かなりの金額をかけたパーティーで、
会場内の装花にもゲストのこだわりがあるようだ。

しかし前日の大雪の影響で、ホテルが委託していた花屋に
花が届かなくなってしまったと連絡が入った。

まさか装花なしというわけにもいかないため、
ホテル側は急きょ別の花を用意。

だが、ゲストは納得してくれない。

装花代を一円も支払わない上に、
宴会の金額の割引まで要求してきた。

ホテル側はどうすればいいのだろうか。




債務不履行ではない?

大雪のために装花を準備することができなかったとのことです。

ホテルとしてはゲストが指定をした装花を会場に準備する
義務を負っています。

それができなくなってしまったのですから、
債務不履行のようにも思えます。

もっとも、債務不履行というのは、契約を締結していた
当事者の一方に責められるべき事情があって、
義務を果たすことができなくなった場合をいいます。
今回はホテルに責任があると言えるのでしょうか。

大雪という自然現象があってのことなので、
不可抗力によるものだとも思えます。



本当の原因はどこにある?

大雪が原因だったのであれば
ホテルの債務不履行ではありません。

しかし本当にそう言えるかは、
相談事例の内容をみるだけでは分かりません。

大雪が原因の一つだったとしても、
クライアントがこだわりをもって指定した装花だとすれば、
ホテルとしてはその装花をパーティーの日に準備をすべき
義務を負うことになります。

もし大雪になった場合には準備できない可能性がある花屋に
ホテルが委託したとするとどうでしょう。

その日に装花が必要になるのがパーティーです。
大雪などの影響を受けにくい別のお店に委託する
選択肢があったかもしれません。



どのような大雪だったのか?

しかし大雪といってもさまざまです。
豪雪地帯に冬に大雪になることがあるのは当然です。
他方で首都圏など雪があまり降らない地域で
突然の大雪に見舞われる場合もあります。

場合によって考え方は変わってくるでしょう。

さきの東日本大震災のように想定できない規模の災害が
起きることもあります。

実際に震災後ガソリンの供給不足で、
車の運転ができない人も出ていました。



不可抗力とは?

不可抗力というのは、抗(あらが)うことができない力
という意味です。

想定できない自然現象などによって、
本来すべきことができなくなってしまう場合です。

ほかに工夫をすればできる場合かどうかも問われます。

自然現象があったとしても、やりようによってはできたという場合、
それは不可抗力とは言いにくくなります。

その状況下において、契約上の義務を果たすことが困難になり、
困難になったことについて責任がないと言える場合といえるかどうか
が問題になるのです。



契約内容が一番重要な問題

ただ、本件で重要なことは、実は、不可抗力かどうか
ということよりも、契約の内容です。

なぜなら、債務不履行か不可抗力かという問題は、
契約で果たすべき義務の履行ができなかった場合に
初めて問題になることだからです。

相談事例ではパーティー当日に、ホテルは装花
そのものの準備をしています。

そこで、別の業者に急きょ注文をして届けてもらった装花が、
ゲストとホテルの間の契約内容に合致しているか、
違反しているかが一番重要な問題なのです。



契約書はあったか? 

契約の内容は書面で残しておくことが何よりも重要です。
後日トラブルになった場合に明確な証拠になるからです。

相談事例では契約書は交わされていたのでしょうか。
単なる個人の宿泊とは違いますので、大規模なパーティー
となれば契約書を交わしておいた方が安心です。

契約書を交わしていた場合、
どのような内容だったかが問題になります。

特定の花屋さんの装花でなければダメだという契約だったのか、
そうではなかったのかです。



装花の代金は誰が負担すべき?

契約内容が特定の業者でなくてもよい場合には、
ホテルとしては装花を準備した以上、
ゲストが代金を支払うべきことになります。

ただ、別の業者に急きょ注文したことによって、
装花のランクなどが格段に変わってしまった場合は、
話し合いが必要になるでしょう。

契約内容が特定の業者の花に限定されていた場合はどうでしょうか。
その場合でも、準備できなくなることは想定できるはずです。
契約書に「準備できなくなった場合どうすべきか」
が記載されていれば、それに従うことになります。



事前の予防策は?

契約書をつくるという観点からは、
同等クラスのほかの業者に依頼できる
などと書いておくことがベターで、
そのような記載だったのだとしたら
代金はやはりゲストが支払うべきことになります。

ただし、特定の業者に強いこだわりがある場合、
ゲストの意思も尊重する必要があるでしょう。

その意味では、
原則としてゲストに意向を確認した上で別の業者に切り替えるものとし、
例外的にゲストの意向を確認する時間がない場合にはホテルが決められる
としておく方法もあります。



話し合いが重要

契約書と言いましたが、
こうした事態も予測できなかったわけではないはずです。

ゲストとの間で万一その業者の花を準備できなくなった場合には
どうすべきかも決めておいた方が安全でした。

事後の話し合いも、もちろん重要です。

相談事例は、ホテルが一方的に別の業者を決めてしまったように
見受けられます。

しかし前日の大雪というやむを得ない事情が発生した以上、
すぐにゲストに連絡をして協議をすれば、
トラブルにはならかったかもしれません。



トラブルを防止するために

今回の相談事例は、
事情によって結論は異なってくる問題だと言えます。

大事なことは、本当の原因は誰にあるのかを解明することと、
契約内容を明らかにすることです。

前者は事実の探求であり、後者は契約内容の特定です。

トラブルをできる限り回避するという観点からは、
今回のような事情が発生した場合に
ホテルがどういう対応をするかを
あらかじめ決めておくことが重要です。

契約書で定型化しておけば万全ですし、
ゲストからの注文を受ける際に
確認をしておくことも重要です。



代金について

以上のとおり、事情によって結論は異なりうるところですが、
基本的にはゲストが1円も支払わないというのはおかしな話でしょう。

なぜなら、その日のパーティーに必要な装花を準備することは
できているからです。

またおそらく、大雪のためということですから、
その状況ではほかの業者に依頼せざるを得なかった
と思われるからです。

それでもゲストが1円も払わないと言っているのは、
値引き交渉の一つかもしれません。

ただし装花にこだわりがあったとのことです。
全額請求することが妥当かについては、
事情によって異なるでしょう。

繰り返しになりますが、
契約内容がもっとも重要な判断基準になります。

契約内を明確にするためには契約書などの書面を
作成しておくことが大切です。

結婚式のクレーム

一生に一度の晴れ舞台である結婚式は、
新郎新婦の思い入れが大きい分、
クレームも大きくなりがちだ。


ある日、1週間前に披露宴を挙げた新郎・新婦から電話が入った。


「当日、サービスの担当者が無愛想な上に、
段取りが悪く、来賓に不快な思いをさせたと思う。
支払った金額の一部を返金してほしい」


しかし、会場側には特段大きなクレームの連絡は入っていない。
人の価値観やとらえ方はさまざまなので、
ホテルとしてもどこまで対応すべきか迷うところだ。


クレームの真意は?


今回の事例はなかなかやっかいかもしれません。
何がやっかいかと言うと、お客さまの真意がつかみにくいことです。


「当日、サービスの担当者が無愛想な上に、
段取りが悪く、来賓に不快な思いをさせたと思う。
支払った金額の一部を返金してほしい」


とのことなのですが、
これまでの事例のように具体的なミスがあるわけではないようです。


担当者が無愛想で、段取りが悪く、来賓に不快な思いをさせた
というお客さまの訴えを、もう少し具体的に解明された方が
よいかもしれません。




何が悪かったのか?


実際にホテルやレストランを利用する立場で考えてみると、
スタッフが無愛想だったということは、けっこう気になるものです。


なんでそんな態度で接客をするのだろう、
注文したのにいつまでたっても頼んだものが出てこないし、
自分たちよりあとから来たお客さんの方に先に頼んだものが出ている…
となってくれば、イライラするのも当然です。


こうしたいっけんささいとも思われる接客態度は、
限られた時間の中で快適な時間を過ごそうとやってきた
お客さまにとっては、決してささいなことではありません。
人によっては二度とここには来ない、と思うものです。




ホテル・レストランはサービス業


このお店はダメだ、最悪だなどと言っている人の話をよく聞くと、
接客サービスが悪かったことを挙げる人が意外と多いものです。


入ったことがないお店でもそう言われると、
じゃあこのお店には行かないようにしようと思う人も多いです。


やっかいなことにそういった話は、さらに人に話したくなってしまうものです。


いったん一人のお客さまに不快に思われるようなサービスをすると、
その一人から派生して多くの人に不評が伝播する可能性があります。


ホテル・レストランはサービス業です。


こうしたささいとも思える失態は、お店にとっても
相当なダメージになる危険があります。


決してささいではないのです。




披露宴ともなると…


ましてや、今回のように披露宴ともなれば、人生の一大事です。
新郎新婦の思い入れが強くないはずがありません。


自分たちだけに起きた不愉快であれば目をつむることもできます。
しかし招待した来賓の方に不愉快があったとなれば、
主催者である新郎新婦としてはそうとうにナーバスになるでしょう。


おめでたい席である披露宴であるにもかかわらず、
来賓の方からクレームが入ったとなれば、
我慢できないほどの接客があったのではないか
と思ってしまうものです。


ホテルで開催する披露宴の来賓となれば、
相当な人数が集まっているでしょう。


そう考えると氷山の一角かもしれません。
黙っているだけで、同じような思いをされた来賓の方が
もっとたくさんいるかもしれない。


そんなことを考え始められたときの新郎新婦のお気持ちを考えると、
ささいなこととは言っていられないでしょう。




さまざまな価値観からすると…


と言っても、


「会場側には特段大きなクレームの連絡は入っていない」


とのことです。


ホテル側からすると、本当にクレームになるような接客だったのだろうか
と考えてしまわざるを得ない面があるのかもしれません。
 

披露宴にいらっしゃる来賓となれば、日ごろはホテルを
利用されないような方もいらっしゃいます。

親戚などには高齢の方もいらっしゃるでしょうし、
その方のお考えによって、ホテルとしては普段どおりの
ことをしているはずが、その方にとっては不快に映る
ということも実際にはあると思います。


おおぜいの方が集まる席では、一人一人の方が緊張などもあり、
ささいなことで感情的になってしまうものだからです。

 
このように考えると、やはり大したことではなかったのではないか。


それでお金の一部を返せというのは、単なる値引き交渉の一つなのではないか。
何か言えば代金が安くなると考えられているのではないか。


ホテルとしてはそう思ってしまうかもしれません。




実際のことは、よく分からない


どうやら新郎新婦サイドから見たときと、ホテルサイドから見たときとで、
物ごとに対する見方や感じ方に違いがありそうです。


しかし、ホテルのスタッフが来賓の方にワインをこぼしてしまった、
あらかじめ新郎新婦の方からある来賓の方の食材のアレルギーを
言っていたのにほかの人と同じメニューがそのまま出された、
といった場合には、明確なミスがあります。


このような場合には、ホテルとしては、
価値観の違いなどとは言っていられないでしょう。


ここで大事なことは、お客さまの伝え方は
必ずしも正確ではないということです。


実際にはこうした出来事があったのかもしれません。
あったけれども、不快な気分で感情的になっていると、
ホテルに伝える際には、相談事例のような漠然とした
伝え方になってしまう方もいらっしゃるはずです。


他方で、本当に価値観の違い、あるいはささいな
感情的なことであり、ホテルとして客観的には
不手際とまでは言えないという場合もあるでしょう。




具体的に聞いてみる


そこで重要になってくるのは、お客さまのご不満の内容を
具体的に聞いてみることです。


そうでしたか申し訳ございません、と言いながらも、
どのようなご迷惑をおかけしてしまったのでしょうか、
と具体的な内容を聞いてみることです。


聞いてみることで、明らかな不手際があったことが
分かるかもしれません。
あるいは、明らかな不手際ではなく、接客上の感情的な
すれ違いに過ぎないようだということが分かるかもしれません。


ホテルとしてどのように対応すべきかを考えるためには、
事実調査が不可欠です。


具体的なクレームが明らかになれば、担当したスタッフからも
事情を聞くことです。 


明らかな不手際がなかったとしても、
披露宴で不快な思いをさせたとしたならば、
それはサービス業として褒められたことではありません。


すべてのお客さまにご満足いただくことは現実には
難しいのだとしても、今後の対応方法を考える上でも、
参考になることがあるかもしれません。
改善すべき点が見つかるかもしれないからです。




法律問題ではない?


披露宴を行なわれたお客さまがあえてこうした苦情を
おっしゃるということは、そこにいたるまでに
納得がいかないことがあった可能性が高いです。


そのプロセスの現れをホテルは受け止めて、
その大本にあった出来事を解明することが大切です。



今回は法律問題にはいたっていませんでしたので、
いくら返すべきかという答えはありません。


法律問題が起きないようにするためには、
日ごろからお客さまの声を大切にすることが何より重要でしょう。

ドタキャンの責任は誰がとる?

ドタキャンの責任は誰がとる?


宿泊予約のスタッフが、ゲストから電話で予約を受けた際に、


「彼女の誕生日なので、5000円のケーキと1万円の花束の用意をお願いします」


と頼まれた。


スタッフは、すぐに外注の業者に手配。お部屋を完璧に準備してゲストの到着を待った。
しかし、実際に宿泊に来たゲストから、「やっぱりキャンセルしてほしい」と告げられた。
もうすでに商品も手配済みで、契約業者からの請求書も届いている。
これはホテルが払わなければいけないのだろうか。



契約とはなんぞや?


当日になってキャンセルというのは困りますよね。
今回の事例については、「契約とはなんぞや?」という一般論としても本質的に重要な部分が問題になります。


具体的には、次の4つが問題になります。

①口約束でも契約は成立するのか(契約書がなくても契約は成立するのか)?
②契約はだれとだれとの間に成立しているのか(契約の当事者の問題)?
③一度成立した契約を後から一方的に撤回や解除をすることができるのか?
④キャンセルによって生じた損害はだれが負担すべきか?


一つ一つ見ていきましょう。


①口約束でも契約は成立するのか?


宿泊の予約時に、「誕生日なので5000円のケーキと1万円の花束の用意をお願いします」と言われたとのことです。
宿泊の予約のときに言われたということは、契約書はつくっていないでしょうし、覚書のような書面もないと考えられます。
いわゆる口約束ですね。
誤解されている方も多いですが、契約というものは、基本的には「契約書」がなくても成立します。
口約束であったとしても、当事者同士で「あれを買おう」「それを売ろう」ということで、意思の合致があれば、契約は成立します。
今回のケースでは、「5000円のケーキと1万円の花束を用意してください」というお客さまの意思表示に対して、
ホテルのスタッフは「承知いたしました」とお答えしたのですから、意思の合致があり、契約は成立しています。


②契約はだれとだれとの間に成立しているのか?


問題なのは、契約がだれとだれとの間に成立しているのかです。
5000円のケーキと1万円の花束をお客さまに当日ご用意するために、ホテルは契約業者さんに発注をしているからです。
この点を整理すると二つの契約が成立していることになります。
一つは、お客さまとホテルとの間の契約です。この契約は、ホテルがお客さまに、宿泊日当日、ケーキと花束をお渡しする
という契約です。合計1万5000円の代金は、お客さまがホテルに支払うべきことになります。
もう一つは、ホテルと契約業者さんとの契約です。こちらはいくらで発注をしたのかは分かりませんが、契約の内容としては、
契約業者さんがホテルに対して、当日、ケーキと花束を引き渡し、ホテルはこの代金を契約業者さんに支払うというものです。
お客さま―ホテル、ホテル―契約業者さんという2本の契約が成立していることになります。


③一度成立した契約を後から一方的に撤回や解除をすることができるのか?


契約が成立したということは、契約を締結した当事者は、その内容に従って一定の行為をなすべき義務を負うことになります。
そしていったん契約が成立した以上、契約の当事者はその内容通りのことをしなければならないことになります。
これを「契約の拘束力」と言います。
このように契約がすでに成立して、「契約の拘束力」が生じた後になって、「やっぱりやめた」と一方的にキャンセルを
することはできるのでしょうか。
契約のルールを定めた「民法」によれば、相手方に債務不履行(契約違反)などがあり、一定の要件を満たせば契約を
解除することができるとされています。
また、契約当事者同士で、「やっぱりなかったことにしましょう」と合意をすることはできます
(これを「合意解除」と言います)。


今回のケースは、このどちらにもあたりません。
従って、お客さまの一方的なキャンセルは、有効な「解除」にはなりません。
むしろ、代金1万5000円をホテルに支払うべき義務があるのにこれを拒絶したとして、ホテルからお客さまに対して
解除をできる理由になります。


④キャンセルによって生じた損害はだれが負担すべきか


ホテルの側からお客さまに対して解除ができるのは、お客さまに債務不履行(契約違反)があった場合です。
宿泊当日に約束どおり、ケーキと花束を用意したにもかかわらず、「やっぱりキャンセルにしてほしい」といって
代金の支払いを拒否したときです。

このようにホテルがお客さまの債務不履行(契約違反)を理由に契約を解除した場合でも、お客さまの契約違反で
ホテルに損害が生じた場合には、これを賠償するようお客さまにご請求することができます。
これを、「債務不履行に基づく損害賠償請求」と言います。


ホテルに損害はあるか?


では、ホテルには損害があるでしょうか?
今回の事例では、お客さまとホテルとの契約のほかに、ホテルと契約業者さんとの契約もありました。
このホテルと契約業者さんとの契約を、ホテルが一方的にキャンセルすることはできません。
先ほどと同じで、ここにも「契約の拘束力」があり、契約業者さんにも契約違反はないからです。
契約業者さんはホテルに対して、ケーキと花束の代金を支払うよう請求することができます。
ホテルは、お客さまが支払ってくれなかったかどうかにかかわらず、この代金を契約業者さんに支払わなければなりません。
この代金はあくまでホテルと契約業者さんとの契約に基づくものだからです。
ホテルとしては、お客さまがキャンセルだと言い代金の支払いを拒絶したとしても、契約業者さんからの請求には
応じなければいけないのです。
こうしてホテルが契約業者代金さんに代金を支払うと、本来であればこの代金をホテルからお客さまに対する代金請求に
よっててん補することができたはずです。しかし、それができなくなりました。これが損害になります。

ホテルはお客さまとの間の契約を解除した場合でも、契約業者さんに対して支払った代金相当額について、
お客さまに対して「損害」賠償を請求することができます。

もちろん、ホテルが契約をあえて解除しない場合でも、もともとの「契約内容」として、お客さまに
合計1万5000円の代金を支払うよう請求することができます。 
いずれにしても、契約は二本であり、それぞれ別です。ホテルは、契約業者さんからの請求を拒むことはできません。


Hirotsugu Kiyama

弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。

横浜生まれ。上智大学法学部卒。専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する

「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。

専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。

『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を

次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。

備品の持ち帰りは罪?

備品の持ち帰りは罪?



「客室にあったバスローブやパジャマ、ドライヤーなどがなくなっているのですが」


ある日、客室管理マネジャーにハウスキーパーから連絡が入った。
予約を確認すると、その部屋に泊まっていたのは外国人ゲストだ。
しかも、偶然にもチェックアウト時にスーツケースを預かっており、
ゲストはその荷物をピックアップに戻ってくるという。


さっそくマネジャーは、荷物を取りに来たゲストに聞いてみた。
しかし、それに対しゲストは、「特に持って帰ってはいけないと書いていなかった。
もし備品ならば、そう書いておくべきだ」と開き直っている。


ホテルは泣き寝入りするしかないのだろうか。



アメニティとは違う?


ホテルの部屋にあるアメニティ(個人用のシャンプーやコンディショナー、
ボディシャンプーなど)は、1回限りご利用いただくものです。

実際に使用されるかどうかはともかく、宿泊された際にお持ち帰りになられる
お客さまもいらっしゃると思います。


こうしたお客さまの自由な処分を前提にしているとアメニティと違って、
備品をお持ち帰りになられると困ってしまいますよね。
バスローブやパジャマ、ドライヤーといった備品は、アメニティとは違い、
1回限りのご利用ではなく、繰り返し多くのお客さまにご利用いただく
ものだからです。


日本人のお客さまと外国人のお客さまを差別しているわけではありませんが、
とくに最近はアジア系の外国人のお客さまにこうしたケースがみられるようです。



事実の確認をすると…


まずは事実を確認しましょう。これまで扱ってきたケースでは、だれに
責任があるのか、事実関係があいまいなものも多かったです。
セイフティボックスに入れておいた貴重品がなくなっていたという事例も、
本当にセイフティボックスにお預けになられていたのかどうか、
事実関係は把握できないものでした。


しかし、今回は違います。今回の事例では、


①部屋からバスローブ、パジャマ、ドライヤーなどがなくなっていることが
 ハウスキーパーから報告され、


②お客さまも、持ち帰られたことは認めています。



開き直りは通用するのか?


問題は、


「特に持って帰ってはいけないと書いていなかった。もし備品ならば、
 そう書いておくべきだ」


というお客さまの弁解は、通用するのかということです。
通用するのかどうかを、法律の問題として検討してみましょう。


冒頭で個人用のアメニティはお持ち帰りになられるお客さまも
多いのではないかといいました。
であれば、部屋にあるものは「持ち帰ってはいけません」と書いてい
ない限りは、自由にお客さまが持ち帰っていいのか?という疑問が
でてくるかもしれません。



原則論をはっきりさせる


まずは、原則論をはっきりさせましょう。
原則論をいうと、ホテルの部屋にあるものはホテルの所有物です。
ホテルのもので、お客さまのものではありません。


お客さまがホテルの部屋に宿泊できるのは、そのホテルを1泊なら
1泊というご宿泊期間中は、宿泊料をお支払いいただき、その部屋を
ご利用いただく「契約」をしたからです。この「契約」の内容は、
あくまでホテルの部屋に寝泊りしてよいというものです。
通常の範囲内で、部屋を使用してよいというものです。


バスやトイレは自由に使えますが、シャワーのとっ手を外したり、
トイレのふたを持ち出したりしてよいということではありません。
具体的にお話をすると、「そんなのあたりまえじゃないか」と
思われると思います。その「あたりまえ」が法律論でも大切です。



賃貸マンションのイメージ?


イメージとしては、マンションを賃貸で借りる場合と同じです。
借りた日とは賃料を払って自由に使っていますが、備え付けられて
いるものを勝手に処分することはできません。それと同じです。


ただ少し違うところがあるとすれば、マンションの場合は、
ウイークリーなどでないかぎり、ふつうはある程度長い期間に
わたって「生活の場所」として使う点です。


これに対して、ホテルの宿泊は外国人の観光ですと、1週間
くらいということもあるかもしれませんが、いずれにしても、
一時的なもので「生活の場所」として利用するわけではありません。



ホテルがサービスで用意している


このようにホテルの部屋は、マンションと違って、「生活の場所」
ではなく、「一時的な滞在場所」としてご利用いただくスポット的
なものです。


そこで、日常生活で使うバスローブやパジャマ、ドライヤーといった
ものは、本来お部屋を利用されるお客さまがご自分でご準備される
べきなのですが、宿泊期間中は部屋のなかで使っていただけるよう、
ホテルの側でサービスとしてご用意しているものになります。


これらのものは、お客さまが宿泊期間中に常識的な範囲内でお使いに
なられるのは構いませんが、期間が終了したらお返しいただく
ものになります。あくまで宿泊期間中のみ、ホテルがお客さまに
レンタルをしているようなものです。


これが大原則です。原則論としては、お持ち帰りいただくことは
できないということになります。



例外的な定めはあるのか?


このように原則としてお持ち帰りいただくことはできないもの
ですから、例外としてお持ち帰りいただくことができるのは、
次の場合に限られます。


①ホテルが、お持ち帰りいただいてよいという「特約」をつけた
 プランを提供している場合


②ホテルがやむなくお持ち帰りいただくことを許可した場合


①のような宿泊プランはあまりないと思いますが、もともとお持ち
帰りいただけることをうたっている場合には、当然ながら契約内容
ですから、お持ち帰りいただくことができることになります。


②は、その備品の所有権はホテルにあるため、ホテル自身が承諾を
した場合にはお持ち帰りいただけるということです。


しかし、今回のケースで、ホテルは許可をするつもりはないと
思われます。したがって、原則論どおり、ホテルは、お客さまに
バスローブ、パジャマ、ドライヤーを返してくださいといえます。
以上は法律論ですから、あとは実際にどういう対応をされるかを
決めるだけです。



トラブルを防止するためには…


このように、「持ち帰ってはいけない」と書かれているかどうかに
かかわらず、ホテルはお客さまにご返却を求めることができます。


ただし、今回のような「なんくせ」をつけられないようにするため
には、事前の防止策があるとベターです。それは、あらかじめ宿泊
約款や宿泊規定などに明確に、その旨を書いておくことです。


そうすれば、ホテルのスタッフも、お客さまに、


「ここに書いてございます。お返しいただけませんでしょうか」


と自信をもってお伝えすることができます。


英語版や中国版、韓国語版など、利用頻度が高い言語の規定も
あわせて用意しておくと安心です。もちろん、日本語で書かれた
規定でも、外国人に適用できます。ただ現場のトラブルを防ぐ
という観点からは、お客さまにお読みいただける言葉が
望ましいでしょう。



Hirotsugu Kiyama

弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。

横浜生まれ。上智大学法学部卒。専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する

「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。

専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。

『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を

次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。

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