備品の持ち帰りは罪?

備品の持ち帰りは罪?



「客室にあったバスローブやパジャマ、ドライヤーなどがなくなっているのですが」


ある日、客室管理マネジャーにハウスキーパーから連絡が入った。
予約を確認すると、その部屋に泊まっていたのは外国人ゲストだ。
しかも、偶然にもチェックアウト時にスーツケースを預かっており、
ゲストはその荷物をピックアップに戻ってくるという。


さっそくマネジャーは、荷物を取りに来たゲストに聞いてみた。
しかし、それに対しゲストは、「特に持って帰ってはいけないと書いていなかった。
もし備品ならば、そう書いておくべきだ」と開き直っている。


ホテルは泣き寝入りするしかないのだろうか。



アメニティとは違う?


ホテルの部屋にあるアメニティ(個人用のシャンプーやコンディショナー、
ボディシャンプーなど)は、1回限りご利用いただくものです。

実際に使用されるかどうかはともかく、宿泊された際にお持ち帰りになられる
お客さまもいらっしゃると思います。


こうしたお客さまの自由な処分を前提にしているとアメニティと違って、
備品をお持ち帰りになられると困ってしまいますよね。
バスローブやパジャマ、ドライヤーといった備品は、アメニティとは違い、
1回限りのご利用ではなく、繰り返し多くのお客さまにご利用いただく
ものだからです。


日本人のお客さまと外国人のお客さまを差別しているわけではありませんが、
とくに最近はアジア系の外国人のお客さまにこうしたケースがみられるようです。



事実の確認をすると…


まずは事実を確認しましょう。これまで扱ってきたケースでは、だれに
責任があるのか、事実関係があいまいなものも多かったです。
セイフティボックスに入れておいた貴重品がなくなっていたという事例も、
本当にセイフティボックスにお預けになられていたのかどうか、
事実関係は把握できないものでした。


しかし、今回は違います。今回の事例では、


①部屋からバスローブ、パジャマ、ドライヤーなどがなくなっていることが
 ハウスキーパーから報告され、


②お客さまも、持ち帰られたことは認めています。



開き直りは通用するのか?


問題は、


「特に持って帰ってはいけないと書いていなかった。もし備品ならば、
 そう書いておくべきだ」


というお客さまの弁解は、通用するのかということです。
通用するのかどうかを、法律の問題として検討してみましょう。


冒頭で個人用のアメニティはお持ち帰りになられるお客さまも
多いのではないかといいました。
であれば、部屋にあるものは「持ち帰ってはいけません」と書いてい
ない限りは、自由にお客さまが持ち帰っていいのか?という疑問が
でてくるかもしれません。



原則論をはっきりさせる


まずは、原則論をはっきりさせましょう。
原則論をいうと、ホテルの部屋にあるものはホテルの所有物です。
ホテルのもので、お客さまのものではありません。


お客さまがホテルの部屋に宿泊できるのは、そのホテルを1泊なら
1泊というご宿泊期間中は、宿泊料をお支払いいただき、その部屋を
ご利用いただく「契約」をしたからです。この「契約」の内容は、
あくまでホテルの部屋に寝泊りしてよいというものです。
通常の範囲内で、部屋を使用してよいというものです。


バスやトイレは自由に使えますが、シャワーのとっ手を外したり、
トイレのふたを持ち出したりしてよいということではありません。
具体的にお話をすると、「そんなのあたりまえじゃないか」と
思われると思います。その「あたりまえ」が法律論でも大切です。



賃貸マンションのイメージ?


イメージとしては、マンションを賃貸で借りる場合と同じです。
借りた日とは賃料を払って自由に使っていますが、備え付けられて
いるものを勝手に処分することはできません。それと同じです。


ただ少し違うところがあるとすれば、マンションの場合は、
ウイークリーなどでないかぎり、ふつうはある程度長い期間に
わたって「生活の場所」として使う点です。


これに対して、ホテルの宿泊は外国人の観光ですと、1週間
くらいということもあるかもしれませんが、いずれにしても、
一時的なもので「生活の場所」として利用するわけではありません。



ホテルがサービスで用意している


このようにホテルの部屋は、マンションと違って、「生活の場所」
ではなく、「一時的な滞在場所」としてご利用いただくスポット的
なものです。


そこで、日常生活で使うバスローブやパジャマ、ドライヤーといった
ものは、本来お部屋を利用されるお客さまがご自分でご準備される
べきなのですが、宿泊期間中は部屋のなかで使っていただけるよう、
ホテルの側でサービスとしてご用意しているものになります。


これらのものは、お客さまが宿泊期間中に常識的な範囲内でお使いに
なられるのは構いませんが、期間が終了したらお返しいただく
ものになります。あくまで宿泊期間中のみ、ホテルがお客さまに
レンタルをしているようなものです。


これが大原則です。原則論としては、お持ち帰りいただくことは
できないということになります。



例外的な定めはあるのか?


このように原則としてお持ち帰りいただくことはできないもの
ですから、例外としてお持ち帰りいただくことができるのは、
次の場合に限られます。


①ホテルが、お持ち帰りいただいてよいという「特約」をつけた
 プランを提供している場合


②ホテルがやむなくお持ち帰りいただくことを許可した場合


①のような宿泊プランはあまりないと思いますが、もともとお持ち
帰りいただけることをうたっている場合には、当然ながら契約内容
ですから、お持ち帰りいただくことができることになります。


②は、その備品の所有権はホテルにあるため、ホテル自身が承諾を
した場合にはお持ち帰りいただけるということです。


しかし、今回のケースで、ホテルは許可をするつもりはないと
思われます。したがって、原則論どおり、ホテルは、お客さまに
バスローブ、パジャマ、ドライヤーを返してくださいといえます。
以上は法律論ですから、あとは実際にどういう対応をされるかを
決めるだけです。



トラブルを防止するためには…


このように、「持ち帰ってはいけない」と書かれているかどうかに
かかわらず、ホテルはお客さまにご返却を求めることができます。


ただし、今回のような「なんくせ」をつけられないようにするため
には、事前の防止策があるとベターです。それは、あらかじめ宿泊
約款や宿泊規定などに明確に、その旨を書いておくことです。


そうすれば、ホテルのスタッフも、お客さまに、


「ここに書いてございます。お返しいただけませんでしょうか」


と自信をもってお伝えすることができます。


英語版や中国版、韓国語版など、利用頻度が高い言語の規定も
あわせて用意しておくと安心です。もちろん、日本語で書かれた
規定でも、外国人に適用できます。ただ現場のトラブルを防ぐ
という観点からは、お客さまにお読みいただける言葉が
望ましいでしょう。



Hirotsugu Kiyama

弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。

横浜生まれ。上智大学法学部卒。専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する

「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。

専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。

『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を

次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。

ブログ:http://torikaiblog3.cocolog-nifty.com/