セイフティボックス盗難事件?

セイフティボックス盗難事件?


連泊中のゲストが、フロントに怒鳴りこんできた。


「客室のセイフティボックスに入れていた現金がなくなっている!ホテルのやつが盗んだんだろ?!」。


話を聞くと、ゲストは封筒に入れた現金を客室内のセイフティボックスに入れて外出し、
帰ってきて開けてみたらなくなっていたという。


そこで宿泊支配人は至急ホテル内のスタッフを集めて、徹底して話を聞いたが、だれも
そのゲストの部屋に入った者はいない。


これは単なる言いがかりなのではないか、そんな疑問もわいてきた。
そんなとき、どう対処すればいいのだろうか。



どんなときに利用しますか?



ホテルや旅館などに宿泊をすると、部屋にセイフティボックスが設置されていますよね。
セイフティボックスは、宿泊した人が自由に使ってよい「その部屋専用の金庫」です。


無料で特にホテルに断ることなく自由に使えるものがほとんどだと思います。
セイフティボックスにお客さまが、現金などの貴重品をお預けになるのはどんなときでしょうか。


館内にある大浴場やロビー、売店などにちょっと出掛ける、そうした利用が多いかもしれません。



あなただったら、だれを疑う?


もしあなたがお客さまだった場合どうでしょう?
セイフティボックスに貴重品を入れ、カギをかけていた。
しかし、部屋に戻り開けてみたら空っぽだった…。
そうなったときに、最初に疑うのは誰でしょうか?
おそらく、部屋に出入りをできるホテルのスタッフだと思います。


しかし、私も経験がありますが、ホテルを利用するときというのは、非日常です。
普段と違う部屋にたくさんの荷物を置くので、勘違いが起こることもあります。


入れたつもりになっていたけれど、実はその後に自分で取り出してかばんに入れていた、
ほかの場所に置いてあった、同伴者に預けていた…そんな思い違いをすることもあると
思います。



どのように対応すべきか?


それでも「盗られた」と思うと、すぐにフロントに電話をかけ、盗まれましたと
伝えたくなるのが人情です。
お客さまの行動としては、比較的よくあることでしょう。
ホテルサイドの対応としては、お客さまの訴えを真摯にお聴きして、事実関係を調査・
把握する必要があります。


今回のケースでは、ホテルサイドでは、徹底してスタッフから話を聞いたようです。
きちんとした対応をとられています。
そして調査の結果、ホテルのスタッフはだれもその部屋に入った人はいないという
事実が分かりました。



法律的に考えると、どうなる?


この事例を法律的に考えると、どのようになると思いますか? ポイントは、「商法」
という法律です。
一般に「人と人との間の関係」(人には会社などの「法人」も含みます)については、
民法」という法律がルールを定めています。


この連載でも解説してきました「債務不履行」や「不法行為」などの損害賠償責任は、
民法」に書かれていました。
この「民法」という「民間人同士の間のトラブルに関する共通のルール」を修正している
法律があります。それが「商法」です。「商法」はその名のとおり、商売をしている人に
適用される法律です。


では、「商法」に定められているルールをみてみましょう。



ホテルに預けたと言える場合


人に物を預けて保管してもらう契約のことを「寄託(きたく)契約」と言います。
これは「民法」に書かれています。
この「寄託契約」が成立したと言える場合には、「場屋主(じょうおくぬし)」の責任として
「商法」の特別なルールが適用されます。分かりやすくというと、セイフティボックスに貴重品を
入れたことが、「ホテルに預けた」と言える場合です。


「ホテルに預けた」と言える場合には、ホテルは盗まれたことが「不可抗力」だったと立証できない限り、
損害賠償責任を負わなければなりません。

ただし、高価なものの場合には、「明告(めいこく)」といって、その内容や価額を明確に
告げていた場合でなければ、ホテルはこの責任は負わなくてよいとされています。



ホテルに預けたと言えない場合


これに対して、「ホテルに預けた」と言えない場合はどうでしょう。
この場合でも、ホテルのスタッフの不注意が原因で物がなくなったときには、やはりホテルが
損害賠償責任を負うことになります。


例えば、セイフティボックスがきちんと機能しているかどうか、盗まれやすくなっていないか
などの点検・管理をホテルがまったく怠っていたというような場合です。
だれでも簡単に開けられるような造りだったとなれば、「ホテルに預けた」と言えない場合
(寄託契約が成立しない場合)でも、ホテルはお客さまに損害賠償をしなければなりません。



フロントに預ける場合


そこで問題になるのは、部屋に設置されているセイフティボックスを利用することが
「ホテルに預けた」と言えるかどうかです。
なぜなら、「ホテルに預ける」というのは、普通はフロントのスタッフに直接手渡しをして、
フロントで預かってもらう場合のことを言うからです。

ちなみにフロントで荷物をお預かりする場合、「貴重品はございますか」と聞くようになっている
と思います。これは高価な品であることの「明告」があるかどうかをチェックするもので、
先ほどの「商法」のルールの関係を意識していたものです。


多くのお客さまが「(貴重品は)ありません」とお答えになると思います。
そうすると仮に高価なものが入っていて、それがなくなってしまった場合でも、「明告」が
なかったとして、法律上はホテルは損害賠償責任を負わなくて済むことになります。
ただし、「明告」がない場合でも、ホテルのスタッフの明らかな不注意でお預かりしたものを
なくした場合であれば、ホテルは損害賠償責任を負うことになります。



ゴルフ場ロッカーの判決

こんな裁判がありました。
ゴルフ場のクラブハウスにあった貴重品ロッカーに財布を入れプレーをしていた利用者が、
あらかじめ何者かによってロッカーに設置されていた盗撮カメラでロッカーの入力番号を把握され、
盗まれた財布に入っていたキャッシュカードを使い、ATMで150万円近く引き出されてしまいました。
利用者がキャッシュカードの暗証番号と同じ番号をロッカーの入力番号にしていたために起きた
事件でした。同じ手口のものが複数あり、ゴルフ場が訴えられました。


判決の結論は、ゴルフ場の責任を肯定するものと、否定するものの二つがありました。
ただ、いずれの判断でも、裁判所の基準をみると、


①ロッカーの構造や、点検の有無
②ロッカーの設置場所や設置状況(ゴルフ場のスタッフの監視ができる場所や状況だったか)
③監視カメラなどの防犯設備の整備状況
④盗難防止用のプレートや暗証番号盗用の警告シールの有無


といったことなどが検討されています。



今回のケースに当てはめると…


今回のケースは、ゴルフ場の貴重品ロッカーと違い、あくまで個々のお客さまの部屋に
設置されているセイフティボックスです。
ホテルのスタッフが直接監視することは難しいものですし、ホテルのスタッフに告げる
こともなく自由に無料で使えるものです。
従って、「ホテルに預けた」というのはなかなか難しいと思います。


そうである以上、ホテルの管理体制などに明らかな落ち度があったような場合、ホテルの
スタッフが盗んだことが明らかな場合などでない限り、法律上はホテルが損害賠償責任を
負う必要はないと考えられると思います。



誠実な対応を心掛ける


もっとも言いがかりの可能性もあるとのことです。
こうした法律問題は、裁判になったときには詳細な検討が必要になります。
しかし、現場の対応になると、まずは誠実な対応をすることなにより大切です。
「すみません、勘違いでした」という一報が後から来るかもしれませんが、そのときでも、
お客さまに恥をかかせない対応を心掛けてください。



Hirotsugu Kiyama
弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。
横浜生まれ。上智大学法学部卒。専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する
「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。
専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。
『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を
次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。

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