ドタキャンの責任は誰がとる?

ドタキャンの責任は誰がとる?


宿泊予約のスタッフが、ゲストから電話で予約を受けた際に、


「彼女の誕生日なので、5000円のケーキと1万円の花束の用意をお願いします」


と頼まれた。


スタッフは、すぐに外注の業者に手配。お部屋を完璧に準備してゲストの到着を待った。
しかし、実際に宿泊に来たゲストから、「やっぱりキャンセルしてほしい」と告げられた。
もうすでに商品も手配済みで、契約業者からの請求書も届いている。
これはホテルが払わなければいけないのだろうか。



契約とはなんぞや?


当日になってキャンセルというのは困りますよね。
今回の事例については、「契約とはなんぞや?」という一般論としても本質的に重要な部分が問題になります。


具体的には、次の4つが問題になります。

①口約束でも契約は成立するのか(契約書がなくても契約は成立するのか)?
②契約はだれとだれとの間に成立しているのか(契約の当事者の問題)?
③一度成立した契約を後から一方的に撤回や解除をすることができるのか?
④キャンセルによって生じた損害はだれが負担すべきか?


一つ一つ見ていきましょう。


①口約束でも契約は成立するのか?


宿泊の予約時に、「誕生日なので5000円のケーキと1万円の花束の用意をお願いします」と言われたとのことです。
宿泊の予約のときに言われたということは、契約書はつくっていないでしょうし、覚書のような書面もないと考えられます。
いわゆる口約束ですね。
誤解されている方も多いですが、契約というものは、基本的には「契約書」がなくても成立します。
口約束であったとしても、当事者同士で「あれを買おう」「それを売ろう」ということで、意思の合致があれば、契約は成立します。
今回のケースでは、「5000円のケーキと1万円の花束を用意してください」というお客さまの意思表示に対して、
ホテルのスタッフは「承知いたしました」とお答えしたのですから、意思の合致があり、契約は成立しています。


②契約はだれとだれとの間に成立しているのか?


問題なのは、契約がだれとだれとの間に成立しているのかです。
5000円のケーキと1万円の花束をお客さまに当日ご用意するために、ホテルは契約業者さんに発注をしているからです。
この点を整理すると二つの契約が成立していることになります。
一つは、お客さまとホテルとの間の契約です。この契約は、ホテルがお客さまに、宿泊日当日、ケーキと花束をお渡しする
という契約です。合計1万5000円の代金は、お客さまがホテルに支払うべきことになります。
もう一つは、ホテルと契約業者さんとの契約です。こちらはいくらで発注をしたのかは分かりませんが、契約の内容としては、
契約業者さんがホテルに対して、当日、ケーキと花束を引き渡し、ホテルはこの代金を契約業者さんに支払うというものです。
お客さま―ホテル、ホテル―契約業者さんという2本の契約が成立していることになります。


③一度成立した契約を後から一方的に撤回や解除をすることができるのか?


契約が成立したということは、契約を締結した当事者は、その内容に従って一定の行為をなすべき義務を負うことになります。
そしていったん契約が成立した以上、契約の当事者はその内容通りのことをしなければならないことになります。
これを「契約の拘束力」と言います。
このように契約がすでに成立して、「契約の拘束力」が生じた後になって、「やっぱりやめた」と一方的にキャンセルを
することはできるのでしょうか。
契約のルールを定めた「民法」によれば、相手方に債務不履行(契約違反)などがあり、一定の要件を満たせば契約を
解除することができるとされています。
また、契約当事者同士で、「やっぱりなかったことにしましょう」と合意をすることはできます
(これを「合意解除」と言います)。


今回のケースは、このどちらにもあたりません。
従って、お客さまの一方的なキャンセルは、有効な「解除」にはなりません。
むしろ、代金1万5000円をホテルに支払うべき義務があるのにこれを拒絶したとして、ホテルからお客さまに対して
解除をできる理由になります。


④キャンセルによって生じた損害はだれが負担すべきか


ホテルの側からお客さまに対して解除ができるのは、お客さまに債務不履行(契約違反)があった場合です。
宿泊当日に約束どおり、ケーキと花束を用意したにもかかわらず、「やっぱりキャンセルにしてほしい」といって
代金の支払いを拒否したときです。

このようにホテルがお客さまの債務不履行(契約違反)を理由に契約を解除した場合でも、お客さまの契約違反で
ホテルに損害が生じた場合には、これを賠償するようお客さまにご請求することができます。
これを、「債務不履行に基づく損害賠償請求」と言います。


ホテルに損害はあるか?


では、ホテルには損害があるでしょうか?
今回の事例では、お客さまとホテルとの契約のほかに、ホテルと契約業者さんとの契約もありました。
このホテルと契約業者さんとの契約を、ホテルが一方的にキャンセルすることはできません。
先ほどと同じで、ここにも「契約の拘束力」があり、契約業者さんにも契約違反はないからです。
契約業者さんはホテルに対して、ケーキと花束の代金を支払うよう請求することができます。
ホテルは、お客さまが支払ってくれなかったかどうかにかかわらず、この代金を契約業者さんに支払わなければなりません。
この代金はあくまでホテルと契約業者さんとの契約に基づくものだからです。
ホテルとしては、お客さまがキャンセルだと言い代金の支払いを拒絶したとしても、契約業者さんからの請求には
応じなければいけないのです。
こうしてホテルが契約業者代金さんに代金を支払うと、本来であればこの代金をホテルからお客さまに対する代金請求に
よっててん補することができたはずです。しかし、それができなくなりました。これが損害になります。

ホテルはお客さまとの間の契約を解除した場合でも、契約業者さんに対して支払った代金相当額について、
お客さまに対して「損害」賠償を請求することができます。

もちろん、ホテルが契約をあえて解除しない場合でも、もともとの「契約内容」として、お客さまに
合計1万5000円の代金を支払うよう請求することができます。 
いずれにしても、契約は二本であり、それぞれ別です。ホテルは、契約業者さんからの請求を拒むことはできません。


Hirotsugu Kiyama

弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。

横浜生まれ。上智大学法学部卒。専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する

「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。

専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。

『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を

次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。