セイフティボックス盗難事件?

セイフティボックス盗難事件?


連泊中のゲストが、フロントに怒鳴りこんできた。


「客室のセイフティボックスに入れていた現金がなくなっている!ホテルのやつが盗んだんだろ?!」。


話を聞くと、ゲストは封筒に入れた現金を客室内のセイフティボックスに入れて外出し、
帰ってきて開けてみたらなくなっていたという。


そこで宿泊支配人は至急ホテル内のスタッフを集めて、徹底して話を聞いたが、だれも
そのゲストの部屋に入った者はいない。


これは単なる言いがかりなのではないか、そんな疑問もわいてきた。
そんなとき、どう対処すればいいのだろうか。



どんなときに利用しますか?



ホテルや旅館などに宿泊をすると、部屋にセイフティボックスが設置されていますよね。
セイフティボックスは、宿泊した人が自由に使ってよい「その部屋専用の金庫」です。


無料で特にホテルに断ることなく自由に使えるものがほとんどだと思います。
セイフティボックスにお客さまが、現金などの貴重品をお預けになるのはどんなときでしょうか。


館内にある大浴場やロビー、売店などにちょっと出掛ける、そうした利用が多いかもしれません。



あなただったら、だれを疑う?


もしあなたがお客さまだった場合どうでしょう?
セイフティボックスに貴重品を入れ、カギをかけていた。
しかし、部屋に戻り開けてみたら空っぽだった…。
そうなったときに、最初に疑うのは誰でしょうか?
おそらく、部屋に出入りをできるホテルのスタッフだと思います。


しかし、私も経験がありますが、ホテルを利用するときというのは、非日常です。
普段と違う部屋にたくさんの荷物を置くので、勘違いが起こることもあります。


入れたつもりになっていたけれど、実はその後に自分で取り出してかばんに入れていた、
ほかの場所に置いてあった、同伴者に預けていた…そんな思い違いをすることもあると
思います。



どのように対応すべきか?


それでも「盗られた」と思うと、すぐにフロントに電話をかけ、盗まれましたと
伝えたくなるのが人情です。
お客さまの行動としては、比較的よくあることでしょう。
ホテルサイドの対応としては、お客さまの訴えを真摯にお聴きして、事実関係を調査・
把握する必要があります。


今回のケースでは、ホテルサイドでは、徹底してスタッフから話を聞いたようです。
きちんとした対応をとられています。
そして調査の結果、ホテルのスタッフはだれもその部屋に入った人はいないという
事実が分かりました。



法律的に考えると、どうなる?


この事例を法律的に考えると、どのようになると思いますか? ポイントは、「商法」
という法律です。
一般に「人と人との間の関係」(人には会社などの「法人」も含みます)については、
民法」という法律がルールを定めています。


この連載でも解説してきました「債務不履行」や「不法行為」などの損害賠償責任は、
民法」に書かれていました。
この「民法」という「民間人同士の間のトラブルに関する共通のルール」を修正している
法律があります。それが「商法」です。「商法」はその名のとおり、商売をしている人に
適用される法律です。


では、「商法」に定められているルールをみてみましょう。



ホテルに預けたと言える場合


人に物を預けて保管してもらう契約のことを「寄託(きたく)契約」と言います。
これは「民法」に書かれています。
この「寄託契約」が成立したと言える場合には、「場屋主(じょうおくぬし)」の責任として
「商法」の特別なルールが適用されます。分かりやすくというと、セイフティボックスに貴重品を
入れたことが、「ホテルに預けた」と言える場合です。


「ホテルに預けた」と言える場合には、ホテルは盗まれたことが「不可抗力」だったと立証できない限り、
損害賠償責任を負わなければなりません。

ただし、高価なものの場合には、「明告(めいこく)」といって、その内容や価額を明確に
告げていた場合でなければ、ホテルはこの責任は負わなくてよいとされています。



ホテルに預けたと言えない場合


これに対して、「ホテルに預けた」と言えない場合はどうでしょう。
この場合でも、ホテルのスタッフの不注意が原因で物がなくなったときには、やはりホテルが
損害賠償責任を負うことになります。


例えば、セイフティボックスがきちんと機能しているかどうか、盗まれやすくなっていないか
などの点検・管理をホテルがまったく怠っていたというような場合です。
だれでも簡単に開けられるような造りだったとなれば、「ホテルに預けた」と言えない場合
(寄託契約が成立しない場合)でも、ホテルはお客さまに損害賠償をしなければなりません。



フロントに預ける場合


そこで問題になるのは、部屋に設置されているセイフティボックスを利用することが
「ホテルに預けた」と言えるかどうかです。
なぜなら、「ホテルに預ける」というのは、普通はフロントのスタッフに直接手渡しをして、
フロントで預かってもらう場合のことを言うからです。

ちなみにフロントで荷物をお預かりする場合、「貴重品はございますか」と聞くようになっている
と思います。これは高価な品であることの「明告」があるかどうかをチェックするもので、
先ほどの「商法」のルールの関係を意識していたものです。


多くのお客さまが「(貴重品は)ありません」とお答えになると思います。
そうすると仮に高価なものが入っていて、それがなくなってしまった場合でも、「明告」が
なかったとして、法律上はホテルは損害賠償責任を負わなくて済むことになります。
ただし、「明告」がない場合でも、ホテルのスタッフの明らかな不注意でお預かりしたものを
なくした場合であれば、ホテルは損害賠償責任を負うことになります。



ゴルフ場ロッカーの判決

こんな裁判がありました。
ゴルフ場のクラブハウスにあった貴重品ロッカーに財布を入れプレーをしていた利用者が、
あらかじめ何者かによってロッカーに設置されていた盗撮カメラでロッカーの入力番号を把握され、
盗まれた財布に入っていたキャッシュカードを使い、ATMで150万円近く引き出されてしまいました。
利用者がキャッシュカードの暗証番号と同じ番号をロッカーの入力番号にしていたために起きた
事件でした。同じ手口のものが複数あり、ゴルフ場が訴えられました。


判決の結論は、ゴルフ場の責任を肯定するものと、否定するものの二つがありました。
ただ、いずれの判断でも、裁判所の基準をみると、


①ロッカーの構造や、点検の有無
②ロッカーの設置場所や設置状況(ゴルフ場のスタッフの監視ができる場所や状況だったか)
③監視カメラなどの防犯設備の整備状況
④盗難防止用のプレートや暗証番号盗用の警告シールの有無


といったことなどが検討されています。



今回のケースに当てはめると…


今回のケースは、ゴルフ場の貴重品ロッカーと違い、あくまで個々のお客さまの部屋に
設置されているセイフティボックスです。
ホテルのスタッフが直接監視することは難しいものですし、ホテルのスタッフに告げる
こともなく自由に無料で使えるものです。
従って、「ホテルに預けた」というのはなかなか難しいと思います。


そうである以上、ホテルの管理体制などに明らかな落ち度があったような場合、ホテルの
スタッフが盗んだことが明らかな場合などでない限り、法律上はホテルが損害賠償責任を
負う必要はないと考えられると思います。



誠実な対応を心掛ける


もっとも言いがかりの可能性もあるとのことです。
こうした法律問題は、裁判になったときには詳細な検討が必要になります。
しかし、現場の対応になると、まずは誠実な対応をすることなにより大切です。
「すみません、勘違いでした」という一報が後から来るかもしれませんが、そのときでも、
お客さまに恥をかかせない対応を心掛けてください。



Hirotsugu Kiyama
弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。
横浜生まれ。上智大学法学部卒。専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する
「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。
専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。
『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を
次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。

ブログ:http://torikaiblog3.cocolog-nifty.com/

予約は1室?3室?

予約は1室?3室?

深夜0時、ホテルの自社ホームページからツインルーム1部屋を予約していたゲストが来館した。


「ツインルーム1室、ご一泊で承っております」


「いえ、私はツインルームを3部屋予約したわよ」


確かに、お連れさまを含め6人いる。しかし、フロントシステムの予約ではツインルーム1部屋となっている。
ホームページからの予約は自動的にシステムに反映されるため、こんな間違いは起きるはずがない。
ゲストの入力ミスである可能性が高い。


「間違いなく私はツインルーム3部屋を予約した。ホテル側のシステムの故障じゃないの?」
と言い張るゲスト。


また、運悪く、その日はあいにく全室満室。どうにもこうにも、あと2部屋は用意できない。


「これは、ホテル側のミスよ。こんな時間だし、くたくた。
 ほかのホテルへ移動するなんて、絶対にいや。どう保証してくれるの?」


ホームページの予約システム


最近ではホテルのホームページや宿泊サイトなどを経由して、インターネットで予約の申し込みが
できるものが増えていますよね。


今回のケースでは、ホテルのホームページから申し込みがあったようです。
こうしたインターネットでの申し込みは、お客さまとホテルのスタッフが一度も声を交わさないまま
予約(宿泊契約)が成立するため、トラブルになることもあるかもしれません。


もっとも、インターネットでホテルの宿泊予約を申し込む場合、多くは、申し込みフォームに必要事項を
ご記入いただいたうえで、予約の手続が完了すると、お客さまにご確認いただけるよう、予約内容を
メールで送信するシステムになっているものと思います。


こうした予約フォーマットが確立している場合を前提にしますと、インターネット上の記録を確認すれば、
予約の内容は一目瞭然です。ツインルーム3部屋だったのかツインルーム1部屋での予約だったのかは、
すぐに分かるはずです。


電話予約との違いは?


インターネットでの予約は、聞き間違いや書き間違いが発生しやすい電話での予約よりも、実は確実な
システムと言えます。お客さまが記入したとおりの情報がそのままダイレクトにホテルに届くからです。


ただし、電話と違うのは、メール送信することで予約内容をお客さまにご確認いただくというシステムは
あるものの、お客さまがそれを必ず見るとは限らないこと。


電話でのお申し込みであれば、「ツインルーム1部屋でよろしいですか」とスタッフが確認すれば、
「いや違う。ツインルームを3部屋だ」とその場で訂正をしていただくことが可能だったでしょう。


インターネットでのお申し込みというサービスをご提供しているのは、もとを考えればホテルサイドでの
電話対応の削減といったメリットがあってのこと。もちろん、気軽に申し込みができるという点では、
お客さまにとっても利便性があるシステムです。けれど、サービス業としてホテル業を営んでいる以上、
こうしたシステムによって(どちらが悪いかどうかはともかく)、お客さまのご意向に沿わない事態が
生じてしまった場合には、迅速に真摯な対応が必要になるでしょう。


考えられる対応は?

満室でなければ予約内容にかかわらず、ツインルームを3部屋ご用意すればよいことになります。
しかし運悪く満室とのことですから、少なくともこのホテルそのもので3部屋をご利用していただく
ことはできないわけです。


グレードの高いお部屋をご提供するという方法もとられる場合があるかと思いますが、全室満室とのこと。
それもできないようです。


といっても、ご宿泊をされるつもりでいらした6人(のうち4人)をむげにお断りすることもできませんよね。
近くのホテルで利用できる場所を探して、いくつか選択肢をお示ししてご案内するという方法がよいと考えます。


ほかのホテルの宿泊費を負担?


問題なのは、ほかのホテルを利用する際の宿泊料を支払えと言われた場合です。
あるいはそうしたご要望を受けなかったとしても、ホテル側から宿泊料を負担する旨の申し出をすべきか
どうかだと思います。


例えば、そのホテルの料金と比較して、実際にご利用いただくことになったほかのホテルのツインルームの
お部屋の料金が高い場合、少なくとも、その差額を支払うべきでないかと要求されるかもしれません(ある
いは、ホテル側で積極的にこうした申し出を考えられるかもしれません)。


この点、ホテルサイドのミスが原因でツインルーム3部屋の予約ができなかったのだとしたら、少なくとも
その差額についてはホテルが負担すべきだと考えられます。


またホテルの落ち度でお客さまにご迷惑をおかけした(宿泊したいホテルに泊まれなかった)という場合には、
ほかのホテルの宿泊費用全額をホテル側が負担することも考えられます。


お客さまに非がなく、ホテルサイドのミスであることが明らかな場合、損害賠償としてお支払いすることも
やむを得ないでしょう。大切なことは、お客さまのご要望を真摯に受け止めて、誠実な対応を心がけることです。


ホテルに法律上の責任はある?


ここまでお話してきたことは、ご相談事例を前提に、ホテルサイドとしてどのような対応をするのが無難で
あるかといった「現実的な対応」の問題でした。最後に、これを法律問題として検討してみましょう。


ホテルが法律上の損害賠償責任を負うことになる場合は、以前にも解説したとおり、次の3つの用件を満たす場合です。

①ホテルに義務違反があった。
②お客さまに損害が生じた。
③①と②の間に因果関係がある。


今回のケースで問題になるのは、①でしょう。

これまで解説してきたように、通常ホテルのホームページからの宿泊予約の申し込みは、お客さまに
ご記入いただいたものがそのままダイレクトに送信されるシステムになっているはずです。


また、お客さまにご確認いただくために「予約内容」の概要についても、お客さまにメールで送信する
システムになっているはずです。こうした通常のシステムにのっとってインターネットでの予約を受けて
いる限りは、お客さまがこのシステム上どのような内容でお申し込みをされたのかは、すぐに確認が
できるはずです。


そのうえで申込内容がお客さまの言うとおり、「ツインルームを3部屋」となっていたのだとすれば、
ホテルのミスとなりますので、①義務違反があったことは明らかでしょう。この場合には、先ほど
述べたようなほかのホテルの宿泊費用等を負担するなどの損害をてん補すべき法律上の義務が発生
するということができます。


裁判では証拠が重要


これに対して、ホテルのインターネットシステムを見ても、予約内容は「ツインルーム1部屋」であり、
お客さまに予約内容のご確認としてお送りしたメールでも同じように「ツインルーム1部屋」となって
いた場合、お客さまが主張するホテルサイドのミス(義務違反)は認められません。
義務違反を立証する証拠がないからです。


したがって、ホテルの側でミス(義務違反)があったと認めない限りは、仮に裁判になったとしても
ホテルが負けることはありません。


ただし、ホテルの役割は、お客さまに対する高度なサービスを前提としています。
こうした高度なサービスの提供が受けられるという点で、ホテルの業務は、お客さまからの信頼によって
成り立っているということができます。
そうである以上、できる限りお客さまに落ち度があるように見受けられる場合であっても、ホテルサイド
としてできる限りの対応をすることが望ましいと言えます。

法律論をそのままかざすことが難しい業界です。
しかし法律家の立場からストレートに回答するとすれば、結論は以上のとおりです。
(請求する側に)証拠がなければ裁判には勝てないのです。



木山 泰嗣 Hirotsugu Kiyama
弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。横浜生まれ。上智大学法学部卒。専門は国税を相手に課税処分の
違法性を主張する「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。
専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。『弁護士が書いた究極の文章術』
『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を次々と生み出している。
「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。
ブログ:http://torikaiblog3.cocolog-nifty.com/

正面玄関での事故

ケーススタディ 正面玄関での事故


ある日のこと、ドアマンが車寄せ玄関にいない間に、
玄関内でゲストの車同士の接触事故が発生してしまった。


このホテルの車寄せ玄関は狭いうえに車の出入りが多く、
ドアマンも日頃から事故が起きないように細心の注意を払っていた。

しかし、ほかのゲストのアテンドをしていて、
ちょっと目を離した隙に事故が起きてしまったのだ。


事故を起こしたゲストの一人が、


「こんなに複雑で危なっかしい造りをしているホテルにも責任があるだろう?
 ドアマンは何をしていたんだ?」と言い始めた。


ホテルの敷地内で起きた事故に、ホテル側の責任はあるのだろうか。



ドアマンに責任はない?

ちょっと目を離した隙に・・・とのことです。
ドアマンも大変だと思います。


日頃から事故が起きないように細心の注意を払っていたとのことですから、
さぞかし責任を感じられていることでしょう。


しかし、ホテルの正面玄関で起きた事故であっても、
事故を起こした方がホテルの関係者でなければ、基本的には
ホテル側に法律上の損害賠償責任は発生しません。


あくまでドアマンは、自動車でホテルにいらっしゃるお客さまのために、
ホテルの入り口での交通整理を行なっているのであり、事故が起きない
ことを保証しているわけではないからです。


もちろんお客さまに、もしものことがあってはいけません。
快適な時間を求めてホテルにいらっしゃるのがお客さまです。
ホテルに入るまえに乗っていた自動車が接触事故にあえば、
がっくりと気分が沈んでしまうでしょう。



責任を負うのはだれか?

ホテルの車寄せ玄関で起きた事故だとしても、原則として責任を負うのは
事故を起こした人です。場所がホテルの中であったとしても、通常の交通
事故のケースと同じです。その事故が起きた原因が、どの運転手にあるの
かという問題になります。


わざと事故を起こす人は、ふつうはいないでしょうから、だれに過失が
あったかが問題になります。


自動車同士の接触事故であれば、前方の自動車の運転手のミスだったのか、
後方の自動車の運転手のミスだったのかです。


事故を起こすミスをした運転手が、損害賠償責任を負うことになります。



契約がない場合は、不法行為責任

ここでミスをした運転手が損害賠償責任を負う根拠はなんだと思いますか?
それは「不法行為責任」と呼ばれるものです。


不法行為責任」というのは、故意または過失ある行為によって、
他人に損害を与えてしまった人が負う損害賠償責任のことです。


不法行為責任」は、前回解説した「債務不履行責任」と違って、
契約関係がない場合に問題になる損害賠償責任です。
今回のような交通事故が典型です。


交通事故は赤の他人同士で起きるもので、契約関係などないのが通常だからです。



事故の損害賠償責任とは?

自動車の運転を誤って事故を起こした運転手は、この「不法行為責任」を負います。
具体的には被害者の方にケガがあれば、治療費や通院費、慰謝料などを支払う必要があります。


また、物損の場合には、その修理費用や車を使えないことによって生じた損害が
あればそれについても責任を負います。


こうした交通事故による損害賠償は、自動車保険によってまかなわれるものが多いです。
しかしそれは保険契約を締結していることによって、保険会社から支給される保険金に過ぎません。


あくまで直接被害者に損害賠償責任を負うのは事故を起こした運転手になります
(タクシーの場合など会社の業務として運転していた場合には、会社も使用者としての
 損害賠償責任を負います。これを「使用者責任」といいます)。



複数の人に原因がある場合は?

これまでの話は、事故を起こした原因が1人の運転手にある場合が前提でした。
しかし事故は複合的なミスが重なり起きることも多いです。


1人の運転手のミスだけでなく、複数の人のミスが重なって事故が起きるという場合もあります。


その場合には、ミスを起こした人が全員責任を負うことになります。
これを「共同不法行為」といいます。複数の人がミスをして他人に損害を与える
行為をしてしまったときに、連帯して損害を賠償する責任のことです。


ただし、ミスの度合いによって、共同不法行為者の間では責任を負う範囲(限度)
が決まります。これは「過失割合」と呼ばれています。



ドアマンにはミスはないか?

例えば、事故を起こした直接の原因は自動車の運転手Aさんのハンドルミスに
あった場合でも、ドアマンが目を離したことも、その事故の原因になっている場合には、
共同不法行為として損害賠償責任を負うこともあり得ます。


ホテルの正面玄関の造りが特殊で、ドアマンの交通整理がないと非常に
事故が置きやすいような環境になっていたという場合などです。


それを認識しながら、うっかり目を離してしまったという場合には、
ドアマンのミスも事故の原因の一つと言えるでしょう。
こうした場合には、ミスをした運転手だけでなく、ドアマンも損害賠償責任を
負うことになります。


もっとも、こうした特殊な環境・状況でなければ、最初にお話したように、
事故を起こした運転手が損害賠償責任を負います。



ホテルの対応はどうすべきか?

ホテルのドアマンに事故の原因があると言える場合には、
当然ながら法律上もホテルが責任を負うことになります。


ホテルが損害賠償責任を負うのは、タクシーの場合と同じで、
ドアマンという従業員のミスについて、使用者としての責任を
負うことになるからです(使用者責任)。


では、ホテルに法律上の責任がない場合はどうでしょう?
ホテルのドアマンがうっかり目を離したことはもちろん業務としてはミスです。
したがって、法律上の責任があるかどうかにかかわらず、何らかの
対応をした方がいいケースもあります。


運転手の運転ミスによって事故が起きた場合でも、ドアマンがきちんと
見ていれば事故は防げたと言えるような場合には、ホテル側としても
ドアマンのミスについて責任を負うのが筋でしょう。



事故の原因が判然としない場合

これまでのお話はあくまでもだれに事故の原因があったのかが特定できる場合でした。
しかしホテルの車寄せ玄関での事故ということは、猛スピードを出し重篤な人身事故が
起きたというケースではないと考えられます(もしそうであれば、明らかにその自動車
の運転手のミスであってホテルの責任ではないでしょう)。


そうすると、人身事故ではなく物損が多いでしょうし、人身でも大きなケガはないと考えられます。
こうした状況では事故の原因が判然としないことも多いと思います。


だれがどこまでいけなかったのか分からないケースです。
ホテルのドアマンがうっかり目を離したことで、防げる事故を防げなかったと認識
しているのであれば、きちんとした対応をすることです。法律問題というのは裁判に
なったときの想定です。まずは誠実な対応をすることです。


【プロフィール】
Hirotsugu Kiyama
弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。横浜生まれ。上智大学法学部卒。
専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する「税務訴訟」で、多くの勝訴実績あり
(著書に『税務訴訟の法律実務』)。
専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。
『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー作品を
次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。
ブログ:http://torikaiblog3.cocolog-nifty.com/

ホテルのミスでお忍び外泊がバレて離婚の危機?

事件ファイル1

ホテルやレストランでは、企業コンプライアンスといった観点に加えて、
ゲストサービスの中で生まれるクレームの対処など、さまざまな場面で法律の知識が必要とされる。
こうした知識は、知らないと大問題に発展しかねない。
この連載ではケーススタディを交えながら、分かりやすく法律を学んでいく。



ケーススタディ

ホテルのミスでお忍び外泊がバレて離婚の危機?


ある日、某大企業の社長がホテルに宿泊に訪れた。チェックインの際、
フロントスタッフは社長から「No Information」(実際には宿泊しているが、
外部からの問い合わせがあった場合、ホテル側が“宿泊していない”とうその
インフォメーションすること)の指示を受けた。フロントスタッフは、すぐに
宿泊システムにその旨を登録。館内のあらゆるスタッフが見られるように共有した。


しかし、その日の晩、夜勤のフロントスタッフがうっかり外線からの電話を
取り次いでしまった。電話の相手は、社長の奥さま。なんと社長はお忍びで
宿泊していたのだ。うそがバレた社長は「ホテルのせいで離婚の危機だ。
これで離婚になったら、訴えてやる!」と、カンカンにご立腹。


確かにフロントスタッフは「No Information」の指示を受けたが、これは
ホテル側が好意でやっているサービスであり、宿泊約款などで責任の所在を
謳っているわけではない。この場合、ホテルにはどこまでの責任があるのだろうか?


プライバシーを扱う事業
大変なことになりましたね。ホテルのスタッフにミスがあったことは確かなようです。
ホテルを利用されるお客さまは快適な時間を過ごしたいと思っています。
プライバシーの尊重が強く求められる事業です。プライバシーを無視した
対応をしたら「こんなホテルもう二度と使いたくない」と思われてしまうでしょう。

こうしたミスは今回の社長さんのようにクレームがあって初めて表面化します。
クレームがなければホテルサイドでは把握できない可能性があります。
しかしスタッフの対応一つで、いつ起きてもおかしくない過ちです。


社内の体制整備(内部統制)
プライバシーにかかわる業務を営むホテルにとって、こうしたミスは、ホテル
全体に対する信用を落としかねません。ミスが生じないようにするためには、
お客さまから「No Information」の指示があった場合の対応を徹底しておくことです。
スタッフ間での連携が行き届くようあらかじめマニュアル化をしておくなど、
内部の管理体制を確立しておくことです。

内部統制と言いますが、法令違反などが起きないようあらかじめ社内で統一した
対策をとり、これを実践する。現代社会ではとりわけ重要です。これは事前の対策です。


起きてしまったら、どうする?
今回のケースでは、すでにミスが起きています。
大企業の社長さんからもクレームが入っています。
慌ててしまう。嘆きたくなる。よく分かります。しかしすでに起きてしまったこと。
こういうときは、起きてしまったことを前提に、どれだけ冷静な対応がとれるかが重要です。


何より大切なのはお客さまのお気持ち、感情の問題です。
まずは、真摯にこの社長さんの声に耳を傾ける必要があるでしょう。
ホテルとしては、お客さまである社長さんに対して誠実に謝罪を続け、
真摯に耳を傾けることが大切です。速やかに誠実な対応をすれば、
怒りを治めてもらえるかもしれないからです。

このあたりは、お客さま対応の一般論であり法律問題ではありません。
なるべく法律問題に発展させないことです。


ヒアリングをする
間違えて外部からの電話をつないでしまったことは事実なのですから、
誠実に謝罪をすることが大切です。しかしホテルに非があるからといって、
お客さまの要求すべてに応えなければいけないかと言えば、そうではありません。


お客さまにどのような損害が発生したのか。これは聞き取りをしなければ分かりません。
どういう状況なのか、教えていただける範囲でヒアリングをすることです。


もし訴えられたら、どうなるか?
訴えられたわけではありません。
あくまで「離婚になったら、訴えてやる」と言われている段階です。
では、もしこの社長がホテルを訴えた場合、裁判ではどういう結果になるでしょうか。
一方で、本当に訴えられたとき、裁判で負けてしまうのかどうかも冷静に検討したい
ところです。具体的には弁護士に相談するのが一番です。「裁判になっても大丈夫です。


「向こうが負けます」というアドバイスをもらえれば、誠実な対応で納得
していただくのがよいでしょう。逆に「裁判になると相当額を支払う必要がある」
と言われたときには、裁判をされたときのホテルの信用問題も考えたうえで、
それなりの金額をお支払いし示談で解決できるよう交渉していくのがベターになるでしょう。


賠償しなければならない場合
裁判で、訴えた人(原告)の損害賠償請求が認められるのは、
裁判所が一定の要件を満たしていると判断した場合です。
今回のようなケースでは、おおむね次の3点が問題になります。


①従業員に義務違反があったか。
②どんな損害が生じたのか。
③①と②の間に因果関係があるか。


この3つをすべて満たしている場合、ホテルはその損害額を社長さんに賠償しなければなりません。



①義務違反はあったのか?
本件ではどうでしょうか。①義務違反の点はあると考えられます。
フロントスタッフは社長さんから「No Information」の指示を受けていた以上、
この指示に従い、お客さまのプライバシーを守る義務があると言えるからです。

ホテルが直接お客さまに対して負っている義務は、宿泊期間中に宿泊サービスを
提供することです。しかし宿泊している際に外部から電話がかかってくることも
当然ある以上、具体的な指示をスタッフが受けた以上は、この指示を守ることも
サービス内容の一つと考えられるからです。にもかかわらず、うっかり電話を
つないでしまった。義務違反はあったと言えます。


②どんな損害が生じたのか?
次の②は問題です。損害というのは、民事裁判の世界ではすべて「金銭」に
換算するのが原則です。これを「金銭賠償の原則」と言います。

「ひどい目にあった」というような場合でも、その精神的苦痛を金銭に計算し
直します。例としては芸能人の離婚でよく報道される「慰謝料はいくら」というもの。
慰謝料というのは、精神的な苦痛をお金に換算したものなのです。


本件では社長さんは離婚したわけではありません。奥さまにこっぴどく
叱られたかもしれませんが、少なくとも財産的な損害は発生していない
ようです。離婚に発展した場合には、離婚で奥さまに支払うことになった
慰謝料などをすべてホテルに請求してくるかもしれません。
こうしたものまでホテルが賠償すべき損害になるか?
これは、次の③「因果関係」の問題です。


③因果関係はあるのか?
奥さまの電話を社長さんにつないだとしても、女性と宿泊していることを
伝えたのでなければ愛人の存在を発覚させたとは言えない可能性もあります。
もちろん、シンガポールに仕事で出張といっていたのが、国内のホテルに
滞在していたとなった場合にはあやしまれるでしょう。ただ、外部からの
電話を社長さんにつないでしまったこと自体から離婚という結果が生じたと
言えるか? これは事実関係次第です。


離婚で奥さまに払うことになった金銭すべてをホテルが負担する必要があるか?
これもせいぜい慰謝料の一部に因果関係が認められる可能性がある程度でしょう。
このように冷静に考えると、仮に裁判になっても、ホテルが多額の損害賠償責任を
負うことになる可能性は低いと言えそうです。


しかし最初に戻りますが、従業員のミスによってお客さまに多大な迷惑をかけた
のは事実です。裁判という言葉にひるむ必要はありませんが、速やかに謝罪をし、
誠実な対応をすることが重要です。


木山泰嗣 Hirotsugu Kiyama
弁護士(鳥飼総合法律事務所所属)。横浜生まれ。上智大学法学部卒。
専門は国税を相手に課税処分の違法性を主張する「税務訴訟」で、
多くの勝訴実績あり(著書に『税務訴訟の法律実務』)。
専門性の高い本業のほかに、執筆業もこなし、単著の合計は9冊。
『弁護士が書いた究極の文章術』『小説で読む民事訴訟法』などロングセラー
作品を次々と生み出している。「難しいことを、分かりやすく」が執筆のモットー。
ブログ:http://torikaiblog3.cocolog-nifty.com/